不況に強いと言われる「ビルメンテナンス業界」はコロナ禍でも比較的安定した業況が続いています。今後の事業展開に死角はないのでしょうか。業界の潮流から将来性までを整理するとともに、今後の成長/再生に向けた1つの選択肢となるM&A(会社売却・譲渡)の事例や成功のポイントも解説します。
(1)ビルメンテナンス業界とは
ビルメンテナンス業界は「ビルを対象として清掃・保守・設備管理などを請け負う」業界です。厚生労働省が策定したビルメンテナンス業の職業能力評価基準によると、現場業務(職業)として5つが定義されています。
具体的には、清掃・廃棄物処理・消耗品補充を行う「清掃管理」、空調/給排水設備管理・害虫防除を行う「衛生管理」、ビル設備の保守・点検を行う「設備管理」、警備・巡回を行う「保安管理」のほか、ビル全体の管理を行う「管理サービス」が挙げられています。
これらの業務領域を一括して請け負うのが「総合ビルメンテナンス」会社です。ただし、非常に幅広い業務が対象となることから多くの中小ビルメンテナンス会社はいくつかの業務領域に特化しています。
近年ではオペレーション受託の枠を超えた「ファシリティマネジメントサービス(FMS)」も見られます。ビル管理のマネジメント領域に踏み込んだ付加価値提案(コスト適正化・パートナー管理・テナント満足度向上など)を行うことが特徴です。
(2)ビルメンテナンス業界に「コロナ禍」で起きること
ビルメンテナンスは「不況に強い安定業種」と言われています。ビル清掃・保守・設備管理などは好不況にかかわらず日常的に発生すること、契約期間が長いことが主な理由です。契約期間は1年契約が多い一方で長期的な視点からの維持管理を志向した長期契約(例:10年)も見られます。
コロナ禍でも安定業種であることは基本的に変わりません。国の新型コロナウイルス感染症対策本部が発表した「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針(2020年3月27日)」では「緊急事態宣言時に事業の継続が求められる事業者」とされています。
オフィスビル、病院、介護施設、マンションなどの施設では継続的なメンテナンスサービスが求められています。感染症予防のための追加的な清掃・消毒需要も見られます。
ただし、ホテルや一部の商業施設においては影響も見られることには留意が必要です。休業に見舞われた施設やフロア単位も多く、withコロナでの影響が今後も見込まれます。afterコロナにおいても休業が継続する可能性も慎重に吟味しておく必要があります。
もう1つの留意点は従業員の感染予防対策です。ビルメンテナンス業ではシニア従業員が多く活躍されています。高齢者は重症化しやすいとも言われます。安心して業務に従事していただけるよう感染予防対策の徹底が求められます。
(3)ビルメンテナンス業界で「近い将来」に起きること
コロナ禍においても総じて安定した業況が続いていますが、課題となる死角はないのでしょうか。業界の潮流を踏まえて3つの留意点をご紹介したいと思います。
第一に「同一労働同一賃金」です。喫緊の対応が求められるほか、コスト増加につながる可能性があります。働き方改革の一環として「パートタイム・有期雇用労働法」が施行されます。2021年4月以降、中小企業においても「正社員と非正規労働者との間での不合理な待遇差」を是正すること(均等待遇)が求められます。
同じ職務内容であれば、非正規労働者も正社員と同等の待遇(給与・手当・賞与・退職金等)とすることが求められます。コスト増加となる可能性があります。気になる点があれば社労士の先生ともよく相談されて対応することをお薦めいたします。
第二に「社会保険の適用拡大」です。今後、得意先との単価交渉が必要となります。現在は「従業員501人以上」の企業等が対象ですが、2022年10月には「従業員101人以上」、2024年10月には「従業員51人以上」の企業等も対象となります。(注:週労働時間が通常の労働者の4分の3以上(例:週30時間以上)の要件を満たし、被用者保険を適用している従業員の数です。)
多くの中小企業で人件費の28%程度を労使折半で追加負担することになります。委託費の約8割が人件費と言われる業界です。得意先への請求単価に転嫁することが欠かせません。
第三に「将来需要の減少」です。不況に強い安定業種でも人口減少社会への備えは必要です。「ビルを利用する人口」の減少は「稼働ビル/フロア」の減少に直結します。ビルメンテナンス需要も人口とともに緩やかに減少していくことが見込まれます。
特に大きな人口減少が見込まれている地方都市や郊外では注意が必要です。残存者利益を見込んで地域内シェアの維持・拡大を図るのか、需要減少に合わせて業容を調整するのか、はたまた域外需要の取り込みを図るのか、等の具体的な検討も必要となるでしょう。
(4)事業承継・M&Aでできること
ビルメンテナンス業界においても法令改正への対応や将来的な人口減少社会への備えは欠かせません。特に人口減少社会における「将来需要の減少」は大きな課題と言えるでしょう。対応策には「①寡占化」・「②域外進出」・「③付加価値化」の3つの方向性があります。いずれもM&Aが有効な領域でもあります。それぞれ見ていきましょう。
まずは「①寡占化」です。需要減少に起因する過度な受注競争や経営体力の消耗を回避する方法です。需要が減少する地域では徐々に受注競争が激しくなります。受注単価が抑えられて利益の捻出に苦労することとなります。最終的には会社の淘汰(廃業)にもつながります。
こうした状況において「同じ地域内の同業者同士が統合すること(M&A)」は大変有効です。」「売り手」・「買い手」のどちらも、熾烈な受注競争で経営体力を消耗することが回避できます。早期に決断できれば、「売り手」としても望ましい譲渡条件で得意先や従業員を承継できる可能性が高まります。
【事例】
ふきのとう(富山県射水市)によるホクタテ(富山県富山市)の買収
(2020年3月)
次に「②域外進出」です。需要減少地域に止まらずに、域外に安定需要を求める方法です。特に地方都市や郊外など、需要の急速な減少が見込まれている地域では有力な選択肢となります。首都圏のほか、地方中核都市(札幌、仙台、名古屋、京都、大阪、神戸、福岡など)、場合によっては海外もターゲットとなるでしょう。
こうした状況においても「対象地域の同業者を買収すること(M&A)」は大変有効です。「買い手」は得意先や従業員などの経営基盤を引き継ぐことで早期に安定的に域外進出を実現することができます。安定的な財務基盤を有する「買い手」であれば、「売り手」も安心して得意先や従業員を委ねることができるでしょう。
【事例】
中日コプロホールディングス(愛知県)による運送サービス(東京都)の買収
(2019年9月)
最後に「③付加価値化」です。付加価値の高い隣接業務への参入や外注業務の内製化により利益を取り込む方法です。需要が減少するなかでも、利益が見込める業務領域を確実に取り込んでいけるのであれば生き残りへとつながるでしょう。
こうした状況においても「対象領域に強い事業者を買収すること(M&A)」は大変有効です。
例えば総合ビルメンテナンス会社が外注先企業や特殊領域企業を買収することも考えられます。ファシリティマネジメントサービス会社への移行を期して、コスト適正化などに知見のある会社を買収することも考えられるでしょう。「買い手」は早期に内製化を実現できます。グループ内での安定的な需要が期待できることから「売り手」も安心して従業員を委ねることができます。
【参考事例】
イオンディライト<9787>によるクリーンルーム清掃の白青舎<9736>に対するTOB
(2015年10月)
(5)さいごに
さて、「コロナ禍で社会を支える『ビルメンテナンス』|現状と課題・留意点や将来性、M&A(会社売却・譲渡)の活用も」と題してお話させて頂きましたが、ご感想はいかがでしたでしょうか?不況に強いと言われ、コロナ禍でも比較的安定した業況が続いているビルメンテナンス業界ですが、法令改正への対応や将来的な人口減少社会への備えは欠かせません。寡占化・域外進出・付加価値化に向けて、売り手と買い手の双方の側からM&Aが活発化すると見込まれます。ご質問やご相談などございましたら、ぜひお気軽にご連絡ください。
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